ぐりまの読書日記

読書が好きです。本の感想など。

『昨日がなければ明日もない』宮部みゆき 感想

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宮部みゆきの文庫本新刊が、本屋さんに行くとずらりと平積みされていた。

「昨日がなければ明日もない」という、なんだかリズミカルで意味深なタイトル。
黒地に素朴なイラストの雰囲気にも惹かれ、手に取った。

どうやら、探偵もののシリーズの中の、短編集らしい。私立探偵事務所に、依頼人が話を持ち込む場面から始まっている。

依頼人との適当な距離感を保ちながら、丁寧に依頼内容を聞き取る探偵。
娘の居場所がわからず、動揺する依頼主の婦人をなだめながら、必要な情報を一つ一つ確認していく。
三者の視点から冷静に話を聞く探偵だが、相手の感情に寄り添う優しさも忘れていない。

探偵の名前は、杉村三郎。
冒頭部分を読んだだけで、この探偵が、常識的かつ紳士的で、親しみやすそうな人物であることが伺える。
こんな人柄の人物が主役の本なら、安心して読書の時間を委ねられそうだとなんとなく思う。
依頼内容の不穏さにも興味をそそられて、思わず本を手にレジへと向かってしまった。


『昨日がなければ明日もない』は、3つの中編から構成されている。
一作目の「絶対零度」は、この本の半分近くのボリュームを占める作品で、娘の自殺未遂をいきなり知らされ、娘婿に面会を拒絶された婦人のために、杉村が自殺未遂の原因や娘の居場所を探っていく話である。
過去にサラリーマン勤めをしていただけあって、とても常識的な感覚を持っている印象の杉村だが、必要とあれば嘘をついてでも相手から情報を引き出す様子も描かれる。
依頼人が望みもしなかった真相に、杉村が辿り着いたとき、そしてタイトルの「絶対零度」の意味がわかったとき、衝撃で一瞬放心状態に陥った。


他に、杉村が付き添いを頼まれ参加することになった結婚式でのトラブルを描いた「華燭」、周囲を振り回してばかりのシングルマザーからの依頼を受ける表題作「昨日がなければ明日もない」を収録している。

「困った女たち」が多数登場する本作の中で、探偵杉村は、依頼された内容にしっかり応えるだけでなく、その向こうにある本当の事件を見つけ出す。
皮肉なのは、真相に辿り着いたところで、必ずしもそれが事件を解決したり、未然に防いだりすることにはつながらないということだ。
事件は既に起こってしまっていたり、杉村の関知し得ないところで発生していたり。
何でも解決できる全能な探偵ではないけれど、それでも真摯に事件に向き合おうとする主人公の姿勢に親しみが湧くし、尊敬できると思った。

また、本作の所々で、杉村には、離婚した妻との間に娘がいることが言及されている。
杉村が妻と別れ、私立探偵になるまでには、紆余曲折あったみたいで、そのことは、『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』という三部作にかかれているらしい。
私はこの三部作は未読のまま『昨日がなければ明日もない』を読んで充分楽しめたけれど、彼がどういう経緯で私立探偵になったかは、気になるところである。
でもきっと、どれもかなりヘビーな話なんだろうな…。どうせ読むなら、三部作をしっかり読みたいけど、ガッツリ読むには覚悟が要りそうだ。

私が杉村三郎のシリーズを全て読み尽くす時が来るのかは謎だが、また彼が主人公の短編集とかが出たら、読みたいなーと思った。