ぐりまの読書日記

読書が好きです。本の感想など。

『黄昏の岸 暁の天』(十二国記)小野不由美 感想~新作第一稿完成のニュースに寄せて~

f:id:greema1119:20200211064955j:plain

去る12月12日、昼ご飯を食べながら、「そういえば十二国記の新刊ってまだ出ないのかなー」とふと思いついた私は、何の期待もせず新潮社の公式サイトを開いてみてびっくりした。
「待望の新作がついに!」だって!?
なんと、新刊(長編)の第一稿が新潮社に届いたというのだ。2019年中には、発行できる見通しらしい。
そして、新作の舞台は、戴!

やった!と心の中でガッツポーズを取った。

第一稿が完成しているということは、出る出る詐欺的なお知らせ(…失礼。)とは違って、「2019年中に発行する」というのは、かなり確実性の高い情報らしい。
このニュースに小躍りする気持ちで、その日の夕方本屋さんに立ち寄り、久しぶりに『黄昏の岸 暁の天』を手にとったのだった。

あらすじ
慶王陽子の即位三年目、初夏の堯天の王宮に、騎獣に乗った瀕死の女が飛び込んできた。彼女は戴国将軍、劉李斎。慶王に、戴の惨状を直に訴えに来たのだ。
六年前に泰王と泰麒が忽然と姿を消して以来、反逆者の手により、戴の国土は荒れ果てていた。
陽子に助けを求める李斎だが、登極して間もない慶の国内にも問題が山積している。その上、他国の内政に干渉することは大罪に当たってしまう。
しかし、陽子はなんとかして戴の民達を救いたいと願うのだった。
そんな陽子の思いに応え、十二国の王と麒麟たちが動き始める。鳴蝕とともに消えた泰麒を捜すために―。


感想
まず、この巻の印象を端的に言うと、「けっこう怖い」。
もちろん、ホラー・ミステリ作家である小野不由美さんの作品なので、恐怖感がリアルに描かれるのは当たり前なのかもしれない。
でも、この巻では、怖さの質が独特なのだ。
単純な怖さで言えば、他の巻のほうが怖い場面はたくさんあると思う。
たとえば、『月の影 影の海』の陽子の夢の中で、妖魔が日に日に近づいて来る時の怖さとか、
『図南の翼』の珠晶が、闇の中で妖魔の目と鼻の先で気付かれないように息をこらえる場面とか、かなりぞっとするような場面である。
でも、『黄昏の岸 暁の天』の中の怖さは、そういう直接的な怖さとはちょっと違うのだ。
ネタバレになるのであまり詳しくは書けないけど、
戴で、水面下の対立がなかなか表面には出ず、ただまわりの人々が違和感を感じ始めるところとか、
反逆者を倒そうとしても必ず内部から裏切りが発生するところとか、
そういう、目に見えないけど、じわじわ来る怖さが何とも言えない。

そして、登場人物たちが、「天帝がいて、麒麟が王を選び、為政者達は不老不死」という、十二国の成り立ちそのものに疑問を投げかけている点も印象的。
確かに、十二国のシステムは、現実とはかけ離れた独特の設定ではあるけれど、
巻を重ねながら、王朝の為政者や麒麟、あるいは市井の民達、あるいは昇山の様子などが、さまざまな視点から丁寧に描かれてきて、私達は、十二国の成り立ちを違和感を持つことなく受け入れている。
むしろ、王が麒麟によって選ばれるという特異な設定あってこその十二国記と言えると思う。
それが、この巻に来て、
「大綱に違反した王を罰する主体は誰なのか?」とか、
「天帝とは、神々とは何なのか」とか、
「王があらかじめ天意によって定まっているなら、なぜ王になるために、危険を冒して昇山し、天意を諮る必要があるのか?」とか、
物語の根幹に関わるような疑問が提示されるのである。
読者としては、「え、そんなことまで突き詰めちゃっていいの?」と不安になってしまう。
だって、天意があって、麒麟が王を選ぶという設定があってこそ、十二国記がこんなに面白い物語になっているわけだし、
実際、王となる人物が生まれた瞬間に麒麟が迎えに来てしまったら、何の苦労も存在せず、小説にならないじゃないか。(中には「だったら、どうしてあたしが生まれたときに来ないの、この大莫迦者!」と言い放った人もいたけど…)
十二国記十二国記たらしめているような設定に、そもそも疑問を持ってしまっていいのか?

読者(私)のそんな不安をよそに、物語は淡々と進んでいく。

十二国の成り立ちに関わる疑問に関しては、本作の中ではっきりとした答えが示されるわけではない。
ただ、神々や天帝がいても、結局「人は自分自身で自らを助けるしかないのだ」という、陽子や李斎らの悟りが、静かに胸を打つ。

戴国の動乱が宙ぶらりんのまま巻が終わってしまっているので、『黄昏の岸 暁の天』という物語を評価するのはまだ難しい。
他の巻のようなわかりやすい達成や解決、感動があるわけでもない。期待して読むと、肩透かしを食らったように感じる人もいると思う。
でも、決して退屈な作品ではなく、読めば読むほど味の出てくるような、深さのある作品だと思う。

果たして、2019年刊行の新作の中で、戴国の動乱は平定するのか。
これまでの作品の中に残された多くの謎に、答えは示されるのだろうか。

わくわくする一方で、納得できない終わり方だったらどうしよう、という不安もあるけれど、
まずは、「第一稿完成」という嬉しいニュースをくれた、小野不由美さんと新潮社に感謝しつつ、
不安と期待の両方を込めて、新作の発行を待ちたいと思う。