ぐりまの読書日記

読書が好きです。本の感想など。

『いまさら翼といわれても』米澤穂信 感想

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古典部シリーズ6冊目。短編集。
主な時間軸は、奉太郎達が高校2年生の5月から6月、7月ごろ。
あとがきで作者は「本書に収録されている短編は、どれも、いつかは書かれねばならなかったもの」と述べている。


「箱の中の欠落」
ある夜、奉太郎は里志に突然呼び出され、相談を持ちかけられる。里志が総務委員会として関わった生徒会長選挙で、不正があったというのだがー。

冒頭の、記憶についての奉太郎の一人語りを読んで、恩田陸さんの『麦の海に沈む果実』をちょっと連想した。
奉太郎と里志、二人で夜の町を歩く空気感が良い。
こんな夜がきっと、記憶の中に残り続けるという奉太郎の予感は、なんとなくわかる気がする。


「鏡には映らない」
摩耶花は中学時代の同級生との再会をきっかけに、昔、奉太郎の「省エネ主義」によって起こったある「事件」について、疑問を持つようになる。奉太郎の、単なる怠け者のポーズの裏には、何か企みが隠されていたのではないか。
「なーんか、あやしいな。」
摩耶花のささやかな調べ物が始まった。

1巻登場時から、ことあるごとに奉太郎を軽蔑するような態度を取ってきた摩耶花が、その認識を少しだけ改める話。
自分の誤りを、過ぎたこととはいえ、うやむやにせず正そうとするのが摩耶花らしいと思ったのと、逃げ切れない奉太郎が面白かった。


「連峰は晴れているか」
「やらなくてもいいことなら、やらない」がモットーの奉太郎が、珍しく自発的に調べ物をする話。

「他の人のためには力を尽くすが、自分のことには無頓着」という、えるが下した奉太郎についての人物評が新鮮で興味深い。
最後にえるがどんなことを言おうとしたのか、わかるようなわからないような…。


「わたしたちの伝説の一冊」
漫研の多数派派閥のリーダーにしてブレーキ役だった河内先輩が退部し、漫研内部の対立は修復できないほどになっていた。
摩耶花も否応なしに部内の主導権争いに巻き込まれ、ある日、漫画作りに必要なノートが盗まれてしまう。
誰が、何のためにノートを盗んだのか?
そしてその背後にいるのはー?

本書における摩耶花一人称第二弾。
漫研を舞台に繰り広げられる派閥抗争やら尾行やらクーデターは、当事者たちからすればたまったもんじゃないだろうけど、ただ読んでいる側からすればスリリングである。
そして、摩耶花と敵対してるはずの河内先輩がやたら男前。
今後、摩耶花たちの「伝説の一冊」がどうなるのか、楽しみだなあ。


「長い休日」
ある休日、なぜかいつもの調子が出ず、珍しくエネルギーを消費するために散歩に出た奉太郎は、成り行きでえると一緒に荒楠神社の掃除をすることに。
その途中えるに「省エネ主義」のモットーの由来を聞かれた奉太郎は、小学生時代の思い出話を語り始めたー。

話を聞いたえるの、「折木さん。かなしかったですね」という言葉が心に残る。
ショックを受けた小学生の奉太郎に、えるが優しく寄り添おうとしているのを感じて胸が温かくなった。


「いまさら翼といわれても」
夏休み初日、合唱祭に出るはずだった千反田えるが、出番を前に突然姿を消した。
居場所を探す奉太郎と摩耶花たち。
奉太郎は、無事にえるを連れ帰ることができるのだろうかー。

えるの気持ちについては正直、同じような立場になったことがないのでよくわからなかったけど、えるを迎えにいきたいと思う奉太郎の「友達甲斐」は素敵だと思った。
終わり方が何とも米澤作品らしい。


✳✳✳

4巻『遠回りする雛』も、今回と同じく短編集だけど、今回の短編集とは雰囲気が少し異なるように感じた。
なんというか、『遠回りする雛』の方は、ミステリーとしてよくできた話が多くて、たまにほろ苦い話もあり、それはそれで楽しめたのだけど。

一方『いまさら翼といわれても』は、登場人物たちの人となりとか、生き方とか、関係性に関わる話がより多くなって、その分味わいが深まったように思える。

特に奉太郎の省エネ主義については、認識を改めるような話がたくさんあった。
「鏡には映らない」然り、「連峰は晴れているか」然り、「長い休日」然り。
これらを読んで率直に、「なんだ、奉太郎って思ってたよりいいやつじゃん」とにやにやしてしまった。
「仲の良い人を見てるのが一番幸せ」という大日向の言葉ではないけれど、仲良し度の増した四人の様子に、ほっこりさせられた今回の短編集だった。