ぐりまの読書日記

読書が好きです。本の感想など。

『図書館の魔女』高田大介 感想

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あらすじ
鍛冶の里に育った少年キリヒトは、師匠の命を受けて、東西の文物が集まる都、一ノ谷に赴く。そこには、王宮の奥にひっそりと、古来からの書物を集積した図書館が聳えていた。この図書館の主として、司書ハルカゼ、軍師キリンと共に、幾多の書物を自在に扱う少女マツリカは、自分の声を持たないながら、その智慧と「言葉」で人々を動かす力を持っていた。
キリヒトとマツリカの間だけで交わされる「指話」と、二人が出会う「地下水道の謎」が、やがて、謀略の交錯する一ノ谷の、そして海峡同盟市全体の運命を左右していくー。
剣や魔法ではなく、「言葉の力」で世界を変える、壮大なファンタジー


緩急の付け方が上手い作品だなと思った。

確かに、よく書評サイトの感想などに書かれているとおり、冒頭から全体の三分の一くらいまではあまり大きな出来事が起こらない。
それに加えて、少々説明が長くて難解で、読み始めは、「なんか難しい本に手を出しちゃったかも」と思う人もいるかもしれない。
でも、上巻の後半あたり、「指話」が登場し始めてからだんだんと物語が動いてくる。
そして、一度物語が動き出せば、片言隻句から陰謀を暴き出す謎解きや、魔導書を巡る文献学講義、智略を尽くした三国会談など、じっくり読ませる部分もあり、
度重なる刺客の襲来、敵の居城での対決など、緊迫してページをめくる手が止まらない部分もありで、
文章の多少の難解さも気にならないくらい、最後まで一気に読み切ってしまえる。

印象的なのは、予期せぬ「事件」が起こる前の、濃やかな情景描写である。
たとえば、マツリカとキリヒトが衛兵を連れ立って、川遊びに出向く場面。

川に泳ぐ魚を見て、無邪気な一面を覗かせる図書館の魔女、
童心に返って魚を獲るキリヒトと衛兵達、
「ほんとうにきれいだねとおもうこと」というマツリカの一言、
ヴァーシャの鳴らす排簫の音色…。

この場面では、そうした何気ない一つ一つの描写に、はっと胸にせまる美しさが宿っている。
直後に待ち受ける「事件」を思うと、この一瞬だけ時の止まったような平穏さが切ない。

川遊びの場面以外にも、ところどころで、ふと時が止まったような濃やかな描写が登場する部分があって、緊迫した場面との対比の付け方が上手だなと思うのだ。


そして、もう一つ私が感嘆したのは、最終章である。

「花が咲けば嵐、人の生に別れは事欠かぬー。」
最終章は、息もつかせぬ脱出劇がようやく一段落したあと、この漢詩の一節から始まって、マツリカらの遠大な旅を数々の別れで締めくくる。
旅が始まる前は、見ず知らずの間柄どころか敵同士だった人々とも、この章に及んでは同じ志を持つものとなって、それぞれの場所で各々の役割を果たすべく別れるのである。

もちろん、最終章の中にも驚きの展開があるのだけど、それすらも数ある別れのうちの一つとして、静かに過ぎ去ってゆく。

そして、最後に待つのは、物語の主人公、マツリカとキリヒトの別れである。
キリヒトが、マツリカと出会ってからの出来事を回想しながら、餞別の詩を読み解く場面がとても良い。
それから、夕暮れの町を港へと駆けてゆくところも。
別れに対するどうしようもない寂しさや、旅立ちへの不安や希望やらいろんな感情が、読んでいてわっと押し寄せてくるのを、最後の一文が爽やかに締める。

この物語はここで完結だと言われても納得できそうな、余韻を感じさせる素敵な終わり方ではあるけど、一方で、まだまだ伏線はたくさん残されていて、物語の行方が気になる気持は膨らむ。

続編「霆ける塔」では、キリヒトは図書館のマツリカのもとへと無事帰ってくるのだろうか。
指折り数えて、続編の刊行を待つ私である。